東京高等裁判所 昭和27年(う)2022号 判決 1952年7月30日
控訴人 原審弁護人 赤坂軍治
被告人 文岩相守
弁護人 赤坂軍治 木戸悌二郎
検察官 松井禎彦関与
主文
原判決を破棄する。
本件を東京地方裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人赤坂軍治、同木戸悌次郎各作成名義の別紙控訴趣意書と題する書面記載の通りであるから、いづれもこれを本判決書末尾に添附しその摘録に代え、これに対し、次の通り判断する。
弁護人赤坂軍治の控訴趣意書第一点について。
記録に依ると被告人に対する起訴状記載の公訴事実中、(二)は被告人が昭和二十四年八月下旬頃東京都内渋谷区所在渋谷公会堂において明治大学生のパーテイーが催された際その席上において、同大学生金子隆二に対し「おい先日は悪かつたな、金は確かに貰つたが今日は亦友達といつしよに一杯飲むんだから、出来るだけ金を都合しろ、それとも嫌か」等申向けて睨みつけ、若しこれに応じないならば身体に如何なる危害を加えるかも知れないという気勢を示し、同人を畏怖させ即時同人より現金二千円を交付させてこれを喝取したものであるというにあるところ、原審第十回公判期日において検察官から、訴因変更申立書に基き、右起訴状記載の公訴事実(二)の二千円を千円と変更し、新に公訴事実(三)として、被告人は昭和二十四年九月中旬頃銀座で偶然出会つた金子に対し、「この間は悪かつたなあ、銀座へ来たら俺の所(オハシス・オブ・銀座ホール)に寄つて行け。金を貸してくれ、無ければ友人から借りてくれないか」等と申向け、若しこれに応じないならば、身体に如何なる危害を加えるかも知れないという気勢を示し同人を畏怖させた上、千代田区神田駿台倶楽部において現金千円を交付させてこれを喝取したものであるとの事実を追加する旨を申立て、弁護人はこれに対し(二)の変更申立には異議ないが、(三)については訴因の同一性を欠くので新たに起訴すべきものであるとして異議を申立てたが、原審は弁護人の右異議申立を却下し検察官の訴因変更の申立を許可したことを認めることができる。仍て右訴因変更の適否を考えると、訴因の追加、変更は公訴事実の同一性を害しない限度においてのみ許されるものであることは、刑事訴訟法第三百十二条第一項の規定するところであるが、原審における右変更前の訴因と変更後のそれとを比較検討するに、その(二)はいづれも日時、場所、犯行態様、被害者が全く同一であり只被告人の喝取したとする金員が二千と千円の差異あるに過ぎないことが認められるのであるから、基本たる事実関係が同一であり、(二)の訴因の変更は公訴事実の同一性の範囲内になされたものということができるのであつて、その変更は許さるべきものであるけれども、変更後の(三)の事実は、変更前の(二)の事実と犯行の日時については昭和二十四年八月下旬頃と同年九月中旬頃との相違があり、場所も東京都内渋谷公会堂と、東京都内銀座及び千代田区神田駿台倶楽部の相違があり、被害者を畏怖させた脅迫文言を異にし、喝取したとする金員も二千円と千円の差異があり、只被害者と現金不法領得の方法を同じくしているのみであることを認めることができるのであるから、右(三)の事実の追加は変更前の(二)の事実と全く相異つた事実の追加であつて両事実の間に基本たる事実関係の同一性は認められないものといわねばならない。従つて右(三)の事実の追加は、訴因の変更又は訴因の追加のいづれとしても、公訴事実の同一性を害しない程度においてなされたものではないのであるから、これを許されるべきではなく、これを許している原審は訴訟手続についての右法条に違背したものとなるのである。しこうして原審は右変更後の訴因に基いて審理し、被告人に対し前記(三)の事実につき有罪の認定をし判決しているのであるから、右の違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるといわねばならない。それ故結局この点の論旨は理由がある。
仍て爾余の論旨に対する判断をするまでもなく、被告人の本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三百九十七条に依り原判決を破棄することとし、同法第四百条本文に則り、本件を原審東京地方裁判所に差し戻すこととする。
仍て主文の通り判決する。
(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)
弁護人赤坂軍治の控訴趣意
第一点審判の請求を受けない事件について判決をした。
一、原審判決は三件の事実を認定しているものであるが公訴事実は二件である。原審に於ては検察官より訴因の追加、変更の請求もなく、又裁判所も何等訴因の追加、変更の手続をしていないにも拘らず原審判決に三件の事実を認定したものである。
二、原審判決に於て認定した第三の事実は犯罪日時場所金額の点に於て公訴事実と全く同一性を有しない。